ドア

dewdrop2005-02-11


ドアを開けると目の前に老紳士の姿をした悪魔が立っている。急に身動きがとれなくなった私を凝視しながらオーソン・ウェルズ似の悪魔は囁き始める。
- - - -
忘れていく。君は忘れていく。でもそれは悲しいことなんかじゃない。嫌なこともいいこともまとめて忘れていく。だから後ろを振り返って後悔したりあの頃に戻りたいなんて幻想を抱かなくてすむ。君は、辛い思い出、楽しい思い出、あの時の感情が薄れていくのは何故なんだろうと思っている。そしてあんなに焼き付けたはずの思い出が記憶の奥の方へと簡単に追いやられて消えていくのは何故なんだろうと思っている。一つ一つ、確実に、全て、忘れていく。明け方見た夢やさっきラジオから流れていたあの曲のタイトルを思い出せないように。何故ならそれは君自身が望んでいることだからだ。君は昔の楽しかったことを思い出して時々悲しくなる。そして、あの頃に帰りたい、と思う。でも勿論そんなことは不可能だ。君は絶望し、眠れない夜に死んでしまいたくなる。その繰り返しにうんざりしているはずだ。そうなんだろ?
- - - -
悪魔が喋り終えると急に体が軽くなり一度まばたきをするとそこには誰もいない。