終わらせる

#4

遅い夏季休暇、夏を終わらせるための切符を買い北上。諏訪、戸隠と神々の地を辿り武蔵信濃越後を縦断、日本海へと突き抜ける。フォッサマグナだった頃の前世の記憶が蘇る。

最終目的地は母方の墓がある新潟だがあえて新幹線を使わない経路でめんどくさく行く。移動することそれ自体に価値があるので旅はめんどくさくせねばならない。長野から直江津を経由すると日本海沿いぎりぎりを走る電車に乗ることができる。なんとしてでも左の窓際を確保するのだ。

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めんどくさいといえば、長野駅の改札では謎の理屈により Suica が使えないが改札以外の場所 (コインロッカーなど) では普通に使える。なんなの。

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#2

夜の渋谷では立ち止まるとなんだか思考が停止してしまうので逃げ回るように歩き続ける。意味なんていらないだろう捨てちまえばいいとすれ違う悪魔が囁きかけてくる。

夜と夜の間、ビルとビルの間、指と指の間を順番にこぼれ落ちていく。このじめじめするばかりの初夏を満たして滲ませる。

#1

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ネオンテトラの水槽あたりで振り切ったはずだったが、クラゲに見惚れている間に追いつかれ中央の一番大きな水槽の前で追い詰められてしまう。じりじりと距離を詰められながら睨み合っていると不意に背後に気配を感じる。振り返ると、とてつもなく巨大な青く美しい影が水の中をゆったりと横切っていく。我々は二人ともただ息を呑みその姿を見つめている。

月面

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#4

4 月。第 4 ボタンが取れかかったまま冬を乗り切ってくれたコートをちゃんと直しておこう。

取り壊されてまっさらになった母の実家跡地は月に似ていた。超古代文明が滅び去った月面で新月の真っ暗な月面で春の風が吹く月面で海辺の近くの月面で、静かに宇宙船を待つようにふんわりと昇華する時間の澱をぼんやりと見送った。

触媒

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#1

旧暦換算ということなら節分が過ぎようやく厄年が終わったことになる。いろんなことが一度に重なったり体調崩すなどもあり厄年恐るべしとしか言えない一年であった。まだ後厄なので気は抜けない。しかし神田明神で厄払いをしたという同年の友人は何事もなく過ごしたらしい。みなさん厄払いはするべし。

#2

新たな年の開運には新たな習慣、新たな触媒が必要であろうと思いあれこれ考えた結果、腕時計を買ったのである。19 歳のとき以来 20 年以上ぶりに身に着けるわけだが思いの外違和感はなくなんなら結構気に入っている。

ちなみに 19 歳で一度腕時計をやめているのは、大学受験の試験当日に腕時計を忘れて時間がわからないまま受験せざるを得ず焦ったものの割とどうにかなった、むしろ集中力が高まりめっちゃ早く解き終わって余裕で 3 回くらい見直せたりしてかえってよかった、という経験を経てこれはなくてもいいものなのかもしれないと捨てたのであった。まだ携帯電話が普及していない時代になかなか思い切ったことをしたものだが実際その後そんなに困ることもなかった。

太陽と地球が回転するから朝が来て夜が来るらしい。ということは時間とは太陽と地球の回転のことだ。今この左手で宇宙がぐるぐる回転しているのだ。そして長針と短針が奇跡の角度で交差するとき私は大いなる宇宙の波動とシンクロし、おやつの時間を知るのだ。おやつはどら焼きなのだ。

#3

東京は大雪で真っ白へ沈没。僕の足音も君の舌打ちも一夜に埋もれてどこにもないねもうどこにも。

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#43

母が亡くなったので喪に服すような気持ちで更新を止めていたけれども年末だしなんか書く。

自分にとって母という存在は少し感情の置き所が難しい。3 歳のときに父と母は離婚した。父方の子として引き取られて次第に母とは疎遠になった。その後詳しいことはよくわからないのだが、父が失踪した。数年間消息不明だったらしい。その間は祖父母に育てられた。まったく狂った話だが、つまり我々家族 3 人は一度完全にバラバラになった。父は戻ってきたが母とは完全に離れることになっていく。だから母の記憶は幼少期のおぼろげなものしかない。

一度だけ中学生の時に会っているのだが、その後 30 年近く別の時間軸と空間軸の中で生きてきた。どこでどうしているかも全く知らなかったが奇しくも母の死を知らせる連絡を受けたことによってその時空の隔たりが突然消滅した。ようやく元の道につながったが待ち合わせ場所に立っているのは自分だけだった。父が亡くなったのはもう 20 年前だが、父も母も死に目には会えなかった。我々家族 3 人はやはりバラバラに死んでいくのだった。

伝え聞く限り両親は二人とも自由を求めて生きた人だったようだし、見事に勝手気ままに生きて死んだ。自分にもその血が流れている自覚がある。自分もそれなりの年月を生きてきたので、自由を求めればある種の業を背負うことになると知っている。受け継いでいくべきものがあるとしたらそのどうしようもない不合理の血か。ならばすべて絡めとってあんたらよりも俺が一番自由に生きてやるから見ておけ。

手元に残る数少ない写真の母は息子が言うのもどうかと思うがとても美しい人であった。どうぞ安らかに。